2005.06.13
スクスクソダテ(第1話)
てなわけで、今日から5回連続で『スクスクソダテ』という話を小説形式で書いていきます。自信はまったくありませんが、何卒お付き合いくださいませ。
* * * * * * * * * *
「春休みに自転車で甲子園まで行かへん?」
小学校四年生のときだった。
友人のFはこともなげに私を誘ってきた。甲子園!私とFはそれまでも野球の話で何度か盛り上がったことがあったから、行き先には驚かない。
しかし当時神戸市東部の、とある街にに住んでいた私にとって、自転車で甲子園、というのは、どのくらい時間がかかるか見当もつかないほどの長距離だった。
だが私は、この誘いを二つ返事で賛同する。その理由は「自転車で」という部分に惹かれたからに他ならない。
私はずっと自転車に乗れなかった。
もちろん図抜けて運動神経が鈍いことも理由にあったが、それ以上に自転車というものに興味がなかったのだ。自転車なんて子供の乗り物じゃないか。そんなん自慢にならんやろ、と開き直れたのには訳がある。
なぜか神戸のおとなは自転車には乗らない。坂が多いという理屈からなのか、とにかく神戸に住んでいて自転車に乗っているおとなを見たことがなかった。だから自然と「自転車=子供の乗り物」という刷り込みができてしまったのだ。
まぁこのケッタイな刷り込みは、のちに大阪へ移り住んで覆されることになるのだが。
自転車に乗れるようになることを勧めてくれたのもFだった。
きっと彼は私と行動するとき、歩いての行動がかったるかったのだろう。もちろんそんなことはおくびにも出さずに、私に自転車の乗り方の指導をしてくれた。
うちには補助輪のついた、16型の小学校低学年用の小さい自転車しかなかったが、家族の誰も自転車に乗らないのだから、そんなものだろう。とにかくまずその小さい自転車の補助輪を外すところから練習は始まった。
練習は困難を極めた。どうしてもうまく前に進めない。2、3mヨタヨタと動いては転けるの繰り返し。何度もいうが、私の運動神経の悪さは折り紙付きだ。そういう過度の自信のなさも手伝って、何日練習しても、一向に乗れるようになる気配は見えてこなかった。が、Fはずっとどんくさい私の練習に付き合ってくれた。
突然、といった感じでその瞬間はきた。
ある日突然、私を乗せた自転車は前へと進み出した。理由はわからない。とにかく私は自転車に乗ることができた。その事実だけがそこにはあった。
うれしかった。それまでのどんな出来事よりもうれしかった。あまりの喜びに、意味もなく細い路地を、何度も何度も、往復した。挙げ句、母親まで呼び出して、得意げに自分の雄姿をみせつけた。雄姿でもなんでもないが、それぐらい誇らしいことに感じたのだ。
思えば、母親にたいしてあれだけ得意げになったのは、最初で最後だったかもしれない。
Fも我が事のように喜んでくれた。私はどこに行くのにも自転車で行くことを好んだが、彼は笑ってつきあってくれた。なにしろ神戸は坂が多い。行きはよいよい 帰りは怖い、ではないが、遠出したときなどクタクタになった身体で自転車を押して帰るなんてこともザラであった。
でもそんなことすら楽しくてしかたない、といった様子の私をみていたFだからこそ「自転車で甲子園に行く」なんてとんでもないことを考えついたのだろう。
明日から五年生、という前日、その途方もない計画は実行された。朝9時に集合したFと私は、桜が舞い散る中、甲子園へとペダルを漕ぎはじめたのである。
私の住んでいた街から、阪神甲子園球場までの距離は約12kmある。自転車だから、時速10kmで走っても一時間ちょっとでつきそうなものだが、私の自転車は補助輪が標準装備されているような16型のものだ。漕いでも漕いでもなかなか前に進まない。
それでも気持ち良かった。今から何時間もの間、自転車に乗っていられる!その喜びがいっそう気分を高揚させていった。
「色紙、持ってきた?」
「あたりまえや」
「ペンは?」
「大丈夫、ちゃんと持ってきてるて!」
自転車に乗りながらのFとの会話も、いつも以上に楽しかった。ただ持ち物の確認をしているだけなのに。
国道43号線は片側4車線、計8車線の広い道路の上を阪神高速が走るという、神戸と大阪をつなぐ大動脈だ。そんな大きな道路のおまけのような歩道を、2台の自転車は東へと向かう。ゴーウエストじゃない。ゴーイーストだ。東へ東へ、打出を越え、西宮戎を越える。一切止まらない。止まる必要がない。目的地は甲子園だ。
「あ、阪神百貨店や!」
Fが叫んだ。実際はそこには阪神百貨店はなく、ただの看板にすぎなかったのだが、その看板のあるビルを越えると、阪神高速の隙間から、銀傘の一部と緑のツタが目に飛び込んできた。
「あ!あ、あれ!あれ見てん!」
「甲子園やー!」
「着いた!着いた!」
前に進まないはずの自転車は、甲子園の姿を見た瞬間から、おそろしく加速しているかのようだった。とにかく早く着きたい。甲子園に着きたい。しんどいからではない。生まれてはじめて、自分たちで大それた計画を立てて、それが叶おうとしているのだ。
午前11時すぎ、私とFはついに漕ぐことを止めた。目の前にある大きな壁面、そこにはたしかに『阪神甲子園球場』とあった。
つづく
「春休みに自転車で甲子園まで行かへん?」
小学校四年生のときだった。
友人のFはこともなげに私を誘ってきた。甲子園!私とFはそれまでも野球の話で何度か盛り上がったことがあったから、行き先には驚かない。
しかし当時神戸市東部の、とある街にに住んでいた私にとって、自転車で甲子園、というのは、どのくらい時間がかかるか見当もつかないほどの長距離だった。
だが私は、この誘いを二つ返事で賛同する。その理由は「自転車で」という部分に惹かれたからに他ならない。
私はずっと自転車に乗れなかった。
もちろん図抜けて運動神経が鈍いことも理由にあったが、それ以上に自転車というものに興味がなかったのだ。自転車なんて子供の乗り物じゃないか。そんなん自慢にならんやろ、と開き直れたのには訳がある。
なぜか神戸のおとなは自転車には乗らない。坂が多いという理屈からなのか、とにかく神戸に住んでいて自転車に乗っているおとなを見たことがなかった。だから自然と「自転車=子供の乗り物」という刷り込みができてしまったのだ。
まぁこのケッタイな刷り込みは、のちに大阪へ移り住んで覆されることになるのだが。
自転車に乗れるようになることを勧めてくれたのもFだった。
きっと彼は私と行動するとき、歩いての行動がかったるかったのだろう。もちろんそんなことはおくびにも出さずに、私に自転車の乗り方の指導をしてくれた。
うちには補助輪のついた、16型の小学校低学年用の小さい自転車しかなかったが、家族の誰も自転車に乗らないのだから、そんなものだろう。とにかくまずその小さい自転車の補助輪を外すところから練習は始まった。
練習は困難を極めた。どうしてもうまく前に進めない。2、3mヨタヨタと動いては転けるの繰り返し。何度もいうが、私の運動神経の悪さは折り紙付きだ。そういう過度の自信のなさも手伝って、何日練習しても、一向に乗れるようになる気配は見えてこなかった。が、Fはずっとどんくさい私の練習に付き合ってくれた。
突然、といった感じでその瞬間はきた。
ある日突然、私を乗せた自転車は前へと進み出した。理由はわからない。とにかく私は自転車に乗ることができた。その事実だけがそこにはあった。
うれしかった。それまでのどんな出来事よりもうれしかった。あまりの喜びに、意味もなく細い路地を、何度も何度も、往復した。挙げ句、母親まで呼び出して、得意げに自分の雄姿をみせつけた。雄姿でもなんでもないが、それぐらい誇らしいことに感じたのだ。
思えば、母親にたいしてあれだけ得意げになったのは、最初で最後だったかもしれない。
Fも我が事のように喜んでくれた。私はどこに行くのにも自転車で行くことを好んだが、彼は笑ってつきあってくれた。なにしろ神戸は坂が多い。行きはよいよい 帰りは怖い、ではないが、遠出したときなどクタクタになった身体で自転車を押して帰るなんてこともザラであった。
でもそんなことすら楽しくてしかたない、といった様子の私をみていたFだからこそ「自転車で甲子園に行く」なんてとんでもないことを考えついたのだろう。
明日から五年生、という前日、その途方もない計画は実行された。朝9時に集合したFと私は、桜が舞い散る中、甲子園へとペダルを漕ぎはじめたのである。
私の住んでいた街から、阪神甲子園球場までの距離は約12kmある。自転車だから、時速10kmで走っても一時間ちょっとでつきそうなものだが、私の自転車は補助輪が標準装備されているような16型のものだ。漕いでも漕いでもなかなか前に進まない。
それでも気持ち良かった。今から何時間もの間、自転車に乗っていられる!その喜びがいっそう気分を高揚させていった。
「色紙、持ってきた?」
「あたりまえや」
「ペンは?」
「大丈夫、ちゃんと持ってきてるて!」
自転車に乗りながらのFとの会話も、いつも以上に楽しかった。ただ持ち物の確認をしているだけなのに。
国道43号線は片側4車線、計8車線の広い道路の上を阪神高速が走るという、神戸と大阪をつなぐ大動脈だ。そんな大きな道路のおまけのような歩道を、2台の自転車は東へと向かう。ゴーウエストじゃない。ゴーイーストだ。東へ東へ、打出を越え、西宮戎を越える。一切止まらない。止まる必要がない。目的地は甲子園だ。
「あ、阪神百貨店や!」
Fが叫んだ。実際はそこには阪神百貨店はなく、ただの看板にすぎなかったのだが、その看板のあるビルを越えると、阪神高速の隙間から、銀傘の一部と緑のツタが目に飛び込んできた。
「あ!あ、あれ!あれ見てん!」
「甲子園やー!」
「着いた!着いた!」
前に進まないはずの自転車は、甲子園の姿を見た瞬間から、おそろしく加速しているかのようだった。とにかく早く着きたい。甲子園に着きたい。しんどいからではない。生まれてはじめて、自分たちで大それた計画を立てて、それが叶おうとしているのだ。
午前11時すぎ、私とFはついに漕ぐことを止めた。目の前にある大きな壁面、そこにはたしかに『阪神甲子園球場』とあった。
つづく